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自分が素晴らしく愛されているとしたら

27.02.2020

自分が素晴らしいのだとしたら、

凄いといわれる結果を残そうとする必要も、

役に立つと言われようとすることも、

成長しようとすることも、

他人のためになにかしようとすることも、

目標を達成しようとすることも、

何かの偉業を成し遂げることも、

 

そして、

そのために頑張ることも必要がないです。

 

でも、

それらを頑張っているということは、

「そのままの自分は素晴らしくない」

という前提にあることになります。

 

自分の「本当の」素晴らしさに気付くためには、

その逆をやればいいです。

 

 上に書いた、

今までやってきた努力、

を止めることを。

 

怖がってやっててことを

やめてみることを。

 

それをしない限り、

 

出来る自分、

頑張れる自分、

役に立つ自分、

しか認められないというおびえに走り続けます。

 

がんばるとは、

やりたくてやってることと、

怖がってやってることがあります。

 

その境目は

なかなか分かりにくいです。

 

それをやめたら「怖い」のか「楽しくない」のか。

それも「ひとつ」です。

 

そろそろ、

怖がって「やってないこと」「やらなかったこと」を頑張りませんか。

 

もし、

自分が素晴らしいのだとしたら、

(素晴らしいのだけど)

愛されてるのだとしたら、

(愛されているのだけど)

豊かさに包まれてるのだとしたら

(包まれているのだけど)

 

何を始めますか?

何を、止めますか?

 

 

 

以上。

 

 

神鷹のコラムでした。

 

 

 

 

 

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