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誰かのためという罠

02.02.2020

「誰かのために」という人生ばかり送って自分を置いてけぼりにしていた人が、

 

やがて「自分のために」生きることを覚えて、

自分を幸せにし、

人の優しさという「他力」を知っていけば、

 

やがて、

新しい「誰かのために」という道へと続いていくことになります。

 

「自己犠牲利他」→「自利」

「他力」→「利他」

 

「自分のことだけ」

「好きなことやろう」と言ってるのは、

いちばん上の人たちの多くが悩み苦しんでるからこその、

その人たちに向けての言葉なのです。

 

もう少しお話しすると、

 

自分が楽しく生きて満たされてる人が、

「誰かのために!」って言ったのを、

 

自己評価が低くて自分を我慢して生きてる人が聞いたら、

「そうか!自分を犠牲にしてでも誰かのためにしないといけないんだ!」

 

と「受け取る」。

 

そして、

他の人(子どもとか)にも「そうしなさい」と教え、

自分はさらに自己犠牲に走ります。

 

これは、

「がんばる」という言葉も同じです。

 

自分が満たされている人のいう「がんばる」と、

満たされていない、

自己評価の低いひとのいう「がんばる」は!

 

同じ言葉だけど、

全く違うモノです。

 

だから、結局は、

 

前提、ベース、在り方が全て

ということになります。

 

歪んだベースの上には、

どんな素晴らしいものを載せても歪みます。

 

だから、

前提・ベースを変えていかないことには、

どんなに努力してもなにも変わらないです。

 

長年の思い込みや習慣が、

そんなすぐに変わることもないので、

 

「誰かのために」は、

まずは、自分のために。

 

それが「誰かのために」なることも多いんです。

 

このコラムを読んでくれてる人は、

「まずは、自分のために」。

 

 

 

以上。

 

 

神鷹のコラムでした。

 

 

 

 

 

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