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会う人に何かを渡すために生きている

29.01.2020

私は、

「出会い」というものは、

自分が持っている、

「なんだかよくわからない“大切な何か”を、それを必要としている人に手渡していくため」

にあるんじゃないかと考えています。

 

もちろん、

「全ての出会いに意味がある」

というような壮大な言葉は、

自分の実感が伴っていないから言えません。

 

でも、

多くの人にとって

 

「あの人との出会いがなければ今の自分はなかった」

 

という人はいるはずなのです。

 

その人と会ったおかげで、

今まで知っていた世界が違うものとして見えた。

明日が来るのがこんなに楽しみで、

そしてこんなにも不安になったことはなかった。

自分のことを誰よりも先に報告したくて、

その人のことも誰よりも先に知りたい。

一緒に喜び合いたい。

 

でも、

時としてその「出会い」にあまりにも必死過ぎてしまったため、

その「出会い」を上手く扱いきれなくなる時もあると思うのです。

もしくはその「出会い」が一つの区切りを迎える時もあります。

 

でも、

私は色々な人を見てきた、

あくまで自分としての感想なのですが、

「出会い」って続いていきます。

だって、

あなたはその人から大事なものを受け取ったのだから。

 

その受け取ったものを大事に持って、

たとえあなたに「その大切なもの」を渡してくれた人があなたの側からいなくなったとしても、

あなたが渡されたものの中にその人は共にいます。

 

だからあなたは渡されたものの価値を知り、

それをまた誰かに渡していかなければいけない。

 

だから、

そういう出会いの価値を人生のどこかで知った人は必死なのです。

余裕なんてないのです。

 

自分を尽くして人に渡すから。

過去に自分がそうしてもらったように。

 

自分を扉の向こうに導いてくれる出会いって、

だから少し嬉しい反面、

少し寂しいのです。

それを知った人の背中とか笑顔って優しいです。

温かいです。

 

人が人に対して行える最大の祝福は、

「あなたに会えて良かった」と本人に伝えることだと思います。

 

 

 

以上。

 

 

神鷹のコラムでした。

 

 

 

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