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顔つきを造っていく

12.01.2020

昔から苦手な質問のひとつに「今後どうしていきたい?」というのがあるのですが、

ほら、

この質問ってふいに飲み屋さんとかでも問われることがあるじゃないですか。

「うーん、そっかそっか。旅行は今年は近場で済ます予定なのね。じゃあさ、〇〇さんは今後どうしていきたいと考えているの?」

とか。

この“突然今後どうしていきたいのパターン”は卒倒しそうになるぐらいビックリするのですが、

私の20代の頃の「今後どうしていきたい?」は「渡辺謙の顔つきになりたい」だったのでした。

 

これはひかないで聴いて頂きたいのですが、

もうなんとなく10代の頃からすごく「大人の顔つき」に対して不思議に思うことがあって、

顔ってもちろん生まれ持ったものも持っています。

でも、

たとえば20代の頃はそれ程目立たなくても、30代になってから途端に魅力が増した顔になるとか、

そういう話ってけっこうよくあると思うのです。

 

大人に対してなんの手がかかりもなかった時代に、

そして、

自分が将来どうなりたいか全然わからなかったときに、

とりあえず当時すごい憧れていて、

ラストサムライでもすごい魅せられた「渡辺謙さんの顔つきになる」ということをその時は決めてしまいました。

 

そしたらですね、

けっこう面白いのですが、「渡辺謙の顔つきになる」と決めてからけっこう自分の行動が変わったりしたのです。

 

たとえば腹が立って、

「もう誰にも会いたくない」と思って引きこもることがあっても、

1日経った後“いつもの自分”だったら、

「あと1週間は徹底抗戦だ(=ひきこもる)」とやってたのですが、

渡辺謙さんになると、

「あ、今自分にできることで戦わなきゃ」と思うことが増えたのです。

 

「根拠を示せ」と言われても言えないのですが、

ある程度大人になると顔つきって造っていくことができるような気がしますし、

「自分の顔つきを造っていく」ってけっこう良い人生の目的のひとつにはなるんじゃないかなって個人的には思っています。

 

ピンチに陥ったときなどに憧れていた先輩でも、

尊敬する友人でも、

「あの人だったらどう考え、どう行動するだろう」と考えて、

それを実行していくと「憧れていた人の顔つき」に近づく気がしてきました。

 

自分で自分を表現することって限界もあるから、

何か憧れの顔つきに気持ちとして近づいていくってけっこう有効なんじゃないかと思ったのでした。

 

 

 

以上。

 

 

神鷹のコラムでした。

 

 

 

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