© 2017. kamitaka BLOG all right reserved

運命

12.01.2020

すごくかいつまんで話します。

私は運命は、

「半分は決められるけど、半分は宿命みたいに“逆らえない流れ”がある」と思っています。

 

運命は半分は、

「あー、なんかこういうことなわけね」って、

「多少自分がやりたいこととはちょっと違うなぁ」

と思いながら厳かな気持ちで受け取ることっていくことも必要なのかも知れないと思ったのです。

 

たとえば野球をやっててグローブを構えて、

「スパーン」って“ここ! ”ってボールを受け取るコースにあるのではなくて、

ちょっと「スパーン! 」からズレるぐらいのところにくる球が運命みたいな。

「え、これ? 」みたいなこともあると思うのです。

 

私は自論として、

「運命は半分は操作ができないものだけど、努力によって運命に愛されることはできる」

と思っています。

 

これは大人になって、

今の自分の立場になって気づいたことでもあるのですが、

仕事は自分で作るものでもあるのだけど、

任せられるものでもあるのです。

「いや、何かあなただったらこういうことを頼みたいんだけど」

と他人から渡されるものでもある。

 

じゃあ他人って、

「この人に託したい」ってどういうところで見ているかと言うと、

「この人だったらバカみたいに渡されたものを大事にしてくれるんじゃないか」という、そういうよくわからない確信って持つと思うのです。

 

観葉植物の喉が渇かないように適度に水を与え続ける。

自分の元にやってきたモノをちゃんと愛情を込めて誰かに渡していく。

そういう信用関係は、

いつか「この人なら大丈夫」と誰かから応援される力の源になると思うのです。

 

運の力って、

奇跡を受動的に待つ力ではなくて、

細かくて、

小さい信用関係を大事にして、

そして「この人は大丈夫そう」といつか誰かから、

そして何かから大きなプレゼントを渡されていくこと。

そういう信用関係の元にあるものだと個人的には考えています。

 

「この人は大丈夫そう」っていうのはそれは例えば恋愛においても関係していて、

一回目のデートのときの「ご飯の食べ方」っておそらくお互いが「心地よくないか、心地よくないか」をすごく感じようとしている。その話はまた別の話になってしまうのでまたしたいと思います。

 

以上。

 

 

神鷹のコラムでした。

 

 

 

Share on Facebook
Share on Twitter
Please reload