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短所の噴火

12.01.2020

昔何かの本で読んだことがあるのですが、

自分の能力って何かイメージとしては、

「足が速い人もいれば、遅い人もいる集団行動みたいなもの」みたいなものです。

 

つまり、

たとえば足が速い子っていうのは自分にとって長所で、

これはその人にとって、

「特に苦労もしていないけど、ずっと頑張り続けることができる」

みたいなところですね。

英語ができるとか、

「この分野に関してはまぁまぁ自信がある」とか。

 

それで、

どの人も弱点と言われるような部分はあって、

それは上で言う、

「自分の中にある足が遅い部分」なのです。

その「足が遅い部分の子」って、

どうしても恥ずかしいし、

隠しておきたい。

だから大人になってからも多くの人は長所で短所を必死でカバーをしようとするし、

その短所はやはりどうしても、

「恥ずかしくて忘れたいもの」だからこそ、

自分の中でなかったことにすらなっているともされやすいのです。

 

なんか話が複雑になってしまいましたが、

 

この短所って私自身が生きてきた人生の中でも本当に「なんとかならないかなぁ」って願い続けてきたものなのです。

願わくば短所に消えて頂きたい。

 

でもその短所ってどうしても消えてはなくならなくて、

忘れていた短所が一番出てきて欲しくないタイミングで猛威を振るう。

 

だから、

短所が猛威を振るうたびにもうだいぶ昔に読んだ、

「人間って長所と短所が同じグループでマラソンみたいに走っている。長所だけで逃げ切れない」

という箇所を思い出していたのですが、

でもなんとなく、なんとなくなんだけど、

 

「魅力のある大人ってもしかしたら自分の短所を出せる人なのかも知れない」

 

とも最近思い始めました。

短所を出すって、

多分周りにいる人や自分を信頼していないと出せるものじゃないのです。

だからすごく恥ずかしいけど、

すごく狼狽してしまうけど、

短所が噴火することってもしかしたらたまには必要なんじゃないか。

もちろんそれが起きたら誠心誠意謝る必要はあるけど、

思ったよりも短所が出ても、

実はそれによって人生は良い方向へつながっていく。

 

 

 

以上。

 

 

神鷹のコラムでした。

 

 

 

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