© 2017. kamitaka BLOG all right reserved

才能

10.01.2020

ずっと追求してきた事が

今の環境だとどうしても出来ない。

 

誰にでもこう言う経験があると思います。

 

どう辛いかというと、

生きている意味を見失いそうになるほど、

辛いんです。

 

しかも、往生際が悪いのですが、

諦められない。

 

あれこれ言い訳を考えます。

 

私は結局、

これをやる運命ではなかったんだ。

これを諦めてはじめて大人になれるんだ。

やりたい事を諦めることで、

真の学びを得るんだ。

 

こうやって、

必死に納得させます。

 

こういう運命にあった歴史上の人の話とか、

悟りを如何に開くかとか、

辛いと思うその先に、

きっと何かあると思って本を沢山読んだりします。

 

でも、諦められない。

 

最近、

落ち込むという意味を改めて問い直しています。

 

落ち込むというのは、

皆様に才能があるから落ち込むんです。

 

落ち込まない人は、

別にそれでいいと思っているから落ち込まずに済みます。

 

別にこれ以上、発展せずとも良い。

別に言われたことをやっておけば、

それはそれで平和でいいじゃないか。

 

確かに、こんな心境だったら、

落ち込む必要がないわけです。

 

でも、私には出来ません。

そんな大人になれないのです。

 

自分の才能を知って、

その花を開かせないと、

どうしても嫌なのです。

何か、生まれてきた意味がないような気がします。

 

例えば、皆様が親なら、

子供に思う存分、自分を生きて欲しいと

思います。

 

皆様の親もそう思っているはずです。

 

普通の親だったらそう思います。

 

そんな愛情を注いでくれた親に、

そんな才能を与えてくれた神様に、

自分の才能を生かして生きることを諦めるなんて、

申し訳なさすぎます。

 

別にイチローの才能がなくたっていいんです。

皆様の親だって、

そんな事、思っていません。

 

才能は、自分でうまく

取り扱わなければなりません。

 

才能を持て余して、

身を誤らないように、

才能を見ないようにして

欺瞞の人生を送らないように、

 

発揮する時と場所を

自分で切り拓かねばならないのです。

 

落ち込んでも、

そこから何かを掴もうとするその先に、

皆様の才能の生かす場所はあります。

 

だから、落ち込んだ時は、

 

自分の才能が何で、

それが喜ばれる場所はどこで、

それが必要とされる時はいつかを、

考えなさい、

と言われているようなものです。

 

 

以上。

 

 

神鷹のコラムでした。

 

 

 

 

Share on Facebook
Share on Twitter
Please reload