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感覚の言語化

10.01.2020

私は人生をかけてやっていくことはこれだという事をカタチにしたいと、

ずっと考えてきました。

 

その人生をかけてやっていくことの在りかは、

何度もお話している、

自分の当たり前の中にあります。

 

ところが、

この「当たり前」はとても厄介です。

 

当たり前とは、長年、積み重ねてきた経験、コツ、勘といった感覚的なもので、

これを言葉にするのはとても難しいです。

 

どういう事かというと、

まず、例えば、

皆様が車を運転するなら、

その方法は何とか説明できます。

 

キーを入れて、

ブレーキを踏んで、

サイドブレーキを外してのように説明できます。

 

では、今度は、

車を“うまく”運転するやり方を説明して?

と言われたら何と説明しますか?

 

困ると思います。

うまく説明できません。

 

多くの人は、

この“うまく”を知りたいんです。

 

コンセプトや商品をつくるために、

自分の当たり前とは何か?と、

 

そういう時、

ひとつ、見落としている事があります。

 

それは、

皆様の当たり前に近しい、

類書を探す事です。

意外な話ですが、

皆様にも自分にとって当たり前だと、

その手の本を読んでいないという事もあります。

 

なぜなら、

当たり前で面白くないからです。

 

でも、

真剣に当たり前を言葉にしようと思ったら、

やっぱり読んでおく事です。

 

すると、

その類書の中に、

感覚だけで片付けて来た事が、

伝わる表現として載っているじゃないですか。

これを見逃す手はないです。

 

本を読むというのは、

頭と心に栄養を与えるためだけにあるのではありません。

 

本は、皆様の当たり前を、

価値として表す「材料」としても、

そこに存在しているんです。

 

大事な事は、

本を消費として捉えているか?

それとも、

何かを生み出すための材料と捉えているかです。

探しましょう。

 

もし、皆様の当たり前が、

何だかわからないけど売れてしまう事だったら、

セールスの本を片っ端から読んでください。

 

アマゾンで一度に数冊くらい買って、

1時間でななめ読みしましょう。

 

すると、

「お!これは良い事を言っているな。

 私のやってきたことと同じだ」

「な~んか、どれもこれも一緒だな。

 確かに私のやってきたことも載っているけど、肝心な○○はどこにも書いていない」

という事がわかってきます。

 

こうやって、

周りから探す行為こそが、

本当の意味での当たり前を棚卸す事です。

 

“うまく”のレベルは、

“方法”のレベルでひと通り顧客を取らないと、

中々、到達しないので、

まずは、“方法”レベルで構わないです。

 

何でもそうですが、

最初からホームランを狙わずに、

コツコツとヒットを狙うのが良いと思います。

 

本当の勝負は、

小さなヒットを打ったその後からです。

 

以上。

 

 

神鷹のコラムでした。

 

 

 

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