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細かく見る視点と大きく見る視点

31.05.2019

意識ということを見た場合、

 

例えば、

目の前のリンゴを見て、

かじって、

『おいしい』と感じている意識や、

『これ何という品種かな?』

と考えている意識とは別に、

 

私達はその感じている意識を、

 

『今、自分は林檎をかじって美味しいと感じてるな』と、

さらにもう一つ感じる意識を持っています。

 

認知科学では『内省的意識』と呼びますが、

自分をかえりみる意識を持っています。

 

動物がこの内省的意識を持っているかは、

疑問です。

 

サルでも『お腹がすいたからリンゴを食べた。おいしい』と、

その時の欲求と感情を感じているという意味では、

意識を持っています。

 

ネコや犬を飼っている人なら、

間違いなく飼い主を認識してくれているし、

感情も溢れんばかりに現してくれますね。

 

ですが、

人間との大きな意識構造の違いは、

さらに後ろに意識を持っているかということです。

 

この内省的意識をもっていることで、

私達は、

自分を省みたり、

物事を論理的考えたり出来ます。

 

これは脳の発達とも関係してくるところですが、

たぶん時間軸を捉えることが出来るのも、

この意識構造があるからだと思います。

 

ですから、

この意識が、

物事を細かく見たり、

大きく見たり、

論理的に見たり、

客観的に見たりという、

視点の移動を可能にしてくれます。

 

ですが、

普段ぼんやり生きていると、

目先のことについつい意識が行きがちで、

いつも同じところばかり見ているようになります。

 

『仕事に行かなきゃならないので、行く』

『ご飯の時間なので、食べる』

『疲れたので、ゲームをする』

 

生きることにそんなに苦労もなくなり(生存の危険が無いという意味で)、

自分の想いも明確ではない状態になると、

感情すらも認識できないような、

ただ毎日を生きているというぼんやり状態にもなります。

 

言ってみれば、

動物脳の方が優位になって、

人間脳が休み状態な感じです。

 

ですが、

『その状態はなんか違うんじゃないか?』と、

内省的意識がふと働くことがあります。

 

魂の叫びです。

 

内省的意識の奥は、

魂と呼ばれる領域に入ります。

 

自分がこれだと思えるようなライフワークを考えるにあたっては、

この内省的意識を働かせて、

いろんな方向で見ていく必要があります。

 

『人生の意味』というような大きな抽象的概念から、

『だから今これをしている』というような現実の具体的な作業まで繋げて、

行き来できる意識を作っていくことで、

 

やっと『中今』を生きることができてきます。

 

偉人と呼ばれる人は、

自分のやることが、

『世界のためになる、

世界にインパクトを与える』

というように、

大きな視点を持ちつつ、

さらに論理的に突き詰めるというような細かな視点を持ってます。

 

一つに偏ると、

意識の視点が移動しにくくなります。

 

大きな視点と細かな視点を行き来できるようになって頂けたらと思います。

 

そのためにも、

この視点を持っている人と会話をすることが一番です。

 

そうすることで、

悩みを悩みのままにせず、

悩みから問題解決へと視点が移動できるようになり、

より自分らしい人生へと歩みを進めていけると実感しています。

 

自分を省みる意識と言うことで、

内省的意識についてでした。

 

 

 

以上。

 

 

神鷹のコラムでした。

 

 

 

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