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意識にある2つの悪

17.03.2019

私達は、
人との関わり合いの中で生きています。

 

それは、
複数の共同体の中で生きているということを意味しています。

 

身近なのは、
家族、学校、会社という共同体。

 

そして、
村、町、市や県などの地域、
国としての日本と大きくなり、
それぞれに所属しています。

 

また変化が大きいところは、
趣味のコミュニティや、
友人のグループなどもあります。

 

このそれぞれの共同体(コミュニティ)には、
それぞれのルールがあります。

法律など分かりやすく言葉にしているものもあれば、
その場の空気感の場合もあります。

 

ここで、
2つの悪の生まれ方があります。

 

1つは、
『自らが完全にルールを破る場合』です。

 

犯罪など、
自らの衝動でルールを破ると悪とみなされます。

 

衝動を抑える理性が欠如し、
『やっちゃダメ』ということに手を出した自分勝手な場合です。

 

もう1つの悪の生まれ方が結構重要なのですが、
『個性をなくした時』です。

 

所属する共同体において採用するルールが多少異なります。

 

去年に話題になった日大アメフト選手もそうなのですが、
この共同体の中で、
個性を失ってただただ従順となった時に、
違う共同体から見ると悪としてみなされることを

やってしまうということが起こります。

 

ここにおいて、
第二次世界大戦の時、
ナチスが毒ガスで大量虐殺をした時の責任者でアイヒマンという人がいたのですが、

その人を研究したドイツの哲学者で、
ハンナ・アレントという人がいました。

 

アレンとは、
そのアイヒマンの姿を見て、
『個性が埋没した時に悪が生まれる』と言いました。

 

アレントは、
ユダヤ人として最初、
そのガスガスの実を食べたかのような極悪非道のアイヒマンを

どんなに凶悪な人なのかと想像していました。

 

しかし、
実際は『丸メガネを掛けた、ただの役人のおっさん』でした。

 

こんな普通のおっさんが、
なぜ悪魔のような所業が出来たのか。

 

アレントは本当に不思議に思いました。

 

そこを深く考えていった時、
アレントが見出したものがこの言葉です。

 

『自分の意見も考えもなく、
それを表明することもなく、
ただ、言われたことだけを黙々とこなし、
所属する共同体の価値が、
自分の価値であると無自覚に錯覚すると、
それこそが人間を「悪」へと向かわせる』

 

ただただ個性を殺し、
従い続けると、
もしその共同体全体が悪に走った時、
自分は悪の最先端にいて、

普通なら実行しないこともやってのけられてしまう

意識へと変貌しています。

 

アメフト部という共同体の中で、
日大選手のしてしまったことはもちろん悪ですし、
それを指示したであろう責任者たちも悪でしょう。

 

でも、
叩きまくっている空気感の中で、
そこに埋没して一緒になって叩きまくるのも
ちょっと大丈夫なのかと感じます。

 

その辺りのコントロールをマスコミがやってるので、
全く信用ならないですが。

 

他に隠されている報道があるんじゃないかと
裏読みします。

 

所属する共同体とルールから生まれる、
2つの悪についてお話ししました。

 

所属するコミュニティに没頭しつつも、
多角的に見れる視点と、
個性の発揮は必要です。

 

ライフワークは個性を発揮する場ですから、
アレントの言う悪にのまれない力も一緒に養えます。

 

以上。

 


神鷹のコラムでした。

 

 

 

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