© 2017. kamitaka BLOG all right reserved

エネルギーの循環

12.03.2019

第二次大戦後にソビエトに捕虜となり、
強制労働に携わった方の日本人の話です。

 

この強制労働では60万人が捕虜となり、
各地で厳しい環境で肉体労働をさせられました。

 

その同じような環境の中でも、

9割の人が亡くなってしまった場所と、
9割の人が元気に仕事ができた場所がありました。

 

労働条件が同じでも、
心の持ちようでバタバタと死んでしまう場合と、

過酷の中それでも元気に過ごせた違いが『笑顔』だったという逸話です。

 

9割元気に暮らせた場所は、
ウズベキスタンでナボイ劇場を建設した日本人捕虜たちでした。

 

過酷な労働条件のため、
仕事中に79人の方が亡くなりましたが、
彫刻などもきっちりとこなし、
日本人の誇りが詰まった素晴らしい劇場を完成させました。

 

その出来栄えに、
旧ソ連では3大オペラ劇場と呼ばれていました。

 

このナボイ劇場建設の日本人リーダーはとにかく
『この子供達が将来、見にきた時の笑顔のための劇場を作ろう!』

とみんなに伝えたそうです。

 

作業が終わった後も、
木彫りのおもちゃを手作りして、
当時の子供たちに手渡し、
『この笑顔を胸に刻んで、この笑顔のために仕事をしよう!』

と呼びかけたそうです。

 

一方で、
9割の人が亡くなった強制労働は、
国の命令で捕虜にしたけど、
何もやらせることがないため、
『今日は穴を掘れ!』『今日は掘った穴を埋めろ!』
と何にもならない、
無意味な仕事を実感した地域でした。

 

『自分たちは、誰のためにもならないことをしている』と感じると、
生きるエネルギーがドンと下がってしまうのです。

 

一方で、
笑顔のために仕事をすると、
その仕事のクオリティも上がります。

 

その日本人が作ったナボイ劇場には伝説があります。

 

劇場完成から20年後、
1966年に起きたタシュケント大地震で、
市内では建物が軒並み倒壊した中で、
ナボイ劇場は悠々とその場にそびえ立っていたそうです。

 

そして市民たちの避難所として、
命を救う大きな役目を果たしました。

 

ここには、
本当は入れなくてもいいような、
日本の耐震技術がしっかり組み込まれていたことが証明されました。

 

笑顔のために、
嫌々ではなく仕事をした結果、
最高のクオリティを発揮をしたのです。

 

これにより、
ウズベキスタンでは、
『日本人のように真面目な子になりなさい』

と子供に教えるようになったそうです。

 

さらに1996年、
カリモフ大統領がナボイ劇場の建設に携わった日本人のための記念プレートを作る際に、
『彼らは恩人だ。間違っても捕虜と書くんじゃない』
と指示したそうです。

 

笑顔のために仕事をするということが、
エネルギーを高め、
クオリティも高めます。

 

ビジネス的に、
ターゲティングなんて言いますが、

それは、
『どんな人の笑顔を思い浮かべられるか?』
ということで見ていく方が、
素敵なエネルギーが循環していくことに繋がり、
後に伝説になります。

 

誰の笑顔をありありとイメージでき、
そのために仕事ができるか。

 

そんな高いエネルギー循環ができるライフワークを創っていきましょう。

 

以上。

 


神鷹のコラムでした。
 

 

 

Share on Facebook
Share on Twitter
Please reload