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どの程度自由になり得るのか?

18.02.2019

『何のために働いているのか』


『なんで毎日同じように暮らしてばかりいるのか』


『もっと自由が欲しい』

 

自由という言葉には、

一切の束縛や、
誰かへの服従や、
誰かからの支配などが
何にもない状態というイメージがあります。

 

何にも捉われの無い状態ですね。

 

それを英国の哲学者トマス・ホッブズは

『自然状態』と言っています。

 

でも、ホッブズは、
これでは社会が作れないとも言います。

 

この束縛が無い状態とは、
ルールなどが何もない状態です。

 

無法地帯のような状態では、
社会は健全に育たないということですね。

 

私達の生活は、
もう朝から晩まで誰かの力によって生きています。

 

朝起きたら、
歯ブラシに変わる枝のようなものを作ってから、
川に行き水で顔を洗い、
自分で調達した朝ご飯を、
火おこしをして調理する

ということはもうしていない訳で、

他の人が用意してくれたものを享受しながら、
余った時間で、
自分のできるものを他の人に用意していく。

 

そんな社会の中で暮らしています。

 

ですから、
単純に何の束縛も無い状態が『自由』だとするなら、
それを実行するなら、
一人で山にこもるしかありません。

 

それでは動物と変わらないじゃないかということで、
自由を再定義した哲学者がいます。

 

ドイツの哲学者イマヌエル・カントです。

 

カントの自由は、
『自分の作ったルールに、自分の意志で従えること』
というのが人間の自由だと定義しました。

 

ルールや枠組みはすでにあるわけで、
その上でなお、
自分でルールを創り出して、

それに自分の意志で従っている時は、
その人は自由であると考えました。

 

本当にそう思います。

 

だからこそ、
自分でルールを創り出す必要があります。

 

自分で作ったルールに沿って生きているうえでは、
無理なく自由にいられる感じです。

 

これは、
会社勤めの方でも同じだと思っています。

 

朝9時出社が決められたルールなら、
自分で8時30分出社を決めて、
それに従ってるのならその人は、
自由な人だということです。

 

そのような自分ルールの上でさらに、
その活動に自己成長と他者貢献が含まれるなら、
それは紛れもなくその人が自由に生み出した

ライフワークとなります。

 

ちょっと話は変わりますが、
一切の束縛が無い状態を“意識の中”で創ることは可能です。

 

瞑想などで、
体感することも出来ます。

 

まずは意識の中で自由にならないと、
現実的に自分ルールも上手く創り出せません。

 

そして、
人は協力することでさらに大きく成長できます。

 

自分の劣った部分はもとより、
病気で身体の機能を失うなど含め、
やはり人は一人では生きていけない社会です。

 

そうした時、
心から大切に想う人と一緒に、
素直に心を分かち合い、
それこそ、
一切の束縛から解放された“意識の自然状態”で会話し、
一緒にルールを作って、
一緒に守っていくのは、

とてもクリエイティブに、
愛と自由と豊かさをもたらすと感じます。

 

意識の上で束縛が無い状態から、
「自分ルールを作りそれに自ら従えることが
自由なんじゃない?」
というカントの言葉をお伝えさせてもらいました。

 

更には、
大切な人と意識の上で自然状態になれる関係性を作って、
その上でルールに従っていくというのも、
とても良いです。

 

それを踏まえ、
楽しく自由に生きていきましょう。

 

以上。

 


神鷹のコラムでした。

 

 

 

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