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体験

07.02.2019

何を感じてもらうか?

 

『体感ベースの東洋哲学と、
言葉ベースの西洋哲学』

哲学とは、
全てを説明する『ひとつの究極の真理』みたいなものを

追い求めていくことが目的です。

 

その哲学の伝統の中では、
西洋哲学は、
言葉で説明できるということを重視しています。

 

理性と言葉で、
誰もが納得のいくことを論じられなければなりません。

 

科学のように、
手順を踏めば誰もがそのように考え、
感じられるようなことを重視しています。

 

一方、
東洋哲学では、
お釈迦様の『空』『悟り』とか、
老子の『無為自然』とか、
最近で言うとスピリチュアルの『ワンネス』など、
この全ては一つみたいなことを、
自分で体感するしかないということを前提にしています。

 

例えば、
生まれつき目の見えない人に『赤色』を説明しようとした時、

どう表現したら伝わるのか、
私達はなかなか分かりません。

 

トマトのような、
火が燃えるようなと、
他の赤のものを出したところで伝わらないでしょう。

 

光のスペクトルが7色に分かれて、
目から脳に伝わってと、
機能的なことをいくら解説しても伝わらない。

言葉を尽くしても。
ということに愕然としてきます。

 

そうしたことからも、
自分が体を使って経験し、
感じることで、

感覚でやっと伝わることがあります。

 

東洋哲学では、
それを感じるために、
色々体を使って修行したり、
瞑想したりして、

決して座学だけで済む感じではないのです。

 

倫理学のG・E・ムーアが、
『我々は、愛が何かとは定義できないが、何が愛かは理解できる』
ということを言っていますが、

私達は『愛』みたいな抽象的なことは、
言葉では説明できなくても、
体感として知っていることがあります。

 

『私達は、この世に体験しにきた』と言いますが、

何を体験してもらいたいのか?

 

今一度、
自分のライフワークでも見直していくことが必要です。

 

最初は、
西洋的に言葉で説明できるところからのアプローチでも、

最終的には、
東洋哲学的に何を体験してもらいたいのか、
そこを今一度重視することで、
伝え方も変わってきます。

 

それが私が実践型で昨年末頃からお伝えしている講義、
言霊の輪と禮の輪です。

 

東洋哲学的な体験・体感が、
ライフワークで何かを提供することにおいても、
とても大切だということを改めて感じます。

 

『言葉』を通して伝えたいことと、
『体感』を通して伝えたいことの、

このどちらも重要なので、
それぞれ見ておきたいです。

 

そして、
喜びを共有して行けたらいいですね。

 

皆様の気付きが出た時は、
一気にエネルギーが湧き上がることを一緒に体感して、
鳥肌が立つような喜びを一緒に感じることができます。

 

これを本当に凄いので、
体感してもらいたいと心から思います。

 

以上。

 


神鷹のコラムでした。

 

 

 

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