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いつでも良い人でいる必要はない

06.01.2019

私達が、
本を読んだり、
人から教わったりする中で、

目指すべき人間像として、

『裏表のない高潔な人間像』みたいなものを
どこかで刷り込まれてきます。

 

表は、善なるもの、

裏は、悪しき嫌うものとした場合、

この両方をあまり感じないで、
ただただ、高潔であり、
徳が高い生き方が望ましいという感じでしょうか。

 

長老のような大きなオーラを感じる人は、
まさにこんな感じですね。

 

ステージが高い人とは、
物腰も柔らかく、
でもドンと軸がしっかりしていて、
言葉にも重みがあったりします。

 

まさに裏表も感じない高潔な人物として見えます。

 

そうなろうと努力するのは、
自分を成長させるためにとても大切な心だとは思いますが、

だからといって、
エゴが出る自分を抑え込み、
いつでも良い人であろうとするのは

逆にステージを上げるのを妨げると感じています。

 

私達の意識では、
統一人格として、
自分という一人の人間をそのような目指すべき人間像に

していこうとしがちなのですが、

現実的には、
潜在意識にたくさんの人格を持っているのが人間です。

 

例えば、仕事場では、
しっかりと出来る感を、
かもし出す自分がいる一方で、

恋人の前では甘えてしまう自分になったり、

また幼い頃の昔の友人と会えば、
当時の無邪気な自分になり、

両親の前では、無口な自分が出たりします。

 

こんな風に、色々な自分がいますし、

その時の自分は、
良い面も悪い面も見えてくる自分だったりします。

 

精神病的な多重人格者は、
この人格の統合が成されず、

意識の中で断絶が起っている状態です。

 

一方、通常の意識では、
なんとなく統合するように働きかけるので、
私達は、
一人の自分として生きている気になるのです。

 

でも、よくよく見れば、
相対する人、
居る現場、
自分のその時の気分で、
違う自分が顔をのぞかせています。

 

潜在意識にいるたくさんの自分の一人が、

その時出てきます。

 

そうした時に、
『あ~こんな自分もいるんだ』
といった感じで、
その自分がいるということを
自分で見る視点というのが出来ると、

いつも良い人でいようと、
変に自分を抑え込んで、
心が我慢をすることも少なくなっていきます。

 

抑え込むと、
それはどこかでイライラや嫉妬、
虚栄心(見栄を張ったりして自分を大きくみせる心)や
功名心(手柄を取って名をあげて認められたい欲求)
などを生みたがります。

 

そういったエゴが潜在意識の中で、
知らず知らずの内に大きくなっていたりして、
時に爆発して出て来てしまったりします。

 

ですから、
出来れば心通わせるパートナーシップを築きたい時は、

そのさまざまな自分をお互いに理解し合うと、
より相互理解が深まって、

より良い関係にも繋がっていくと思います。

 

色んな自分を発見しては認めていくことができる

心と意識を見る視点が重要です。

 

人はそもそも多重人格という見方が、
必要です。

 

以上。

 


神鷹のコラムでした。

 

 

 

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