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悟りの真実。本当の人生を生きる。

15.10.2018

スピリチュアル、精神世界に没頭してしまう人は、
人生で経験する『苦しみ』というものから逃れたくて、
『悟りたい』ということを考えます。


『恐れ』や 『不安』を避けるために、
『悟り 』の道を選ぶのです。


宗教にハマってしまう人も同じ傾向です。

 

ですが、
これは『悟り』の本質というものから考えると、
全く逆方向の道だと言えます。


『悟り』とは、
その人の人生に与えられた 『魂の課題』とも呼べる、
その人にとっての最大のメンタルブロック(カルマ)が解除された、
その向こうに広がる制限や束縛のない『自由』な世界です。

 

いわば、
箱の中にいては決して見えない、
『箱の外』の世界です。


『魂の課題』とはスピリチュアルな表現ですが、
その人の人生経験で貯えられた『記憶』、
言葉を変えると、
『個性』と表現できるもの、
そういうものが『魂の質』だと考えれば、
人それぞれがその人生経験に応じて、
個別の乗り越えるべき課題を持っていると表現しても、
別にオカルトでも迷信でもないのです。

 

人生の前半で、
親との軋轢を経験した人は、
それに関連して、
『人間関係』にまつわることが課題となったり、
欲しいものが手に入らない望むことが実現しない

という経験をした人にとっては、
お金や豊かさの問題が人生を通しての課題となってくるということです。

 

これらの『課題』は、
潜在意識レベルで形成されるものなので、
顕在意識のルールには従いません。


ビジネスで直面している問題の原因が、
両親との人間関係にあったりするのも、
 『潜在意識 』的にみれば、
おかしなことではないです。


ビジネスの問題と両親との問題は別。
というようにラベルを貼って区別するのは、

自我の勝手な解釈に過ぎません。


その背景に横たわる本質的な 『恐れ 』は同じものです。

 

『悟り』というものは、
特別なものではありません。

 

その言葉に築き上げられた
偶像、権威を壊すために別の表現をすれば、

コンプレックスに打ち勝った人、
過去を乗り越えることができた人、
自分の人生を生きることに覚悟のできた人、
このように表現できる人たちはみな、
『悟り』というものを知る人達です。

 

その答えは、
『現実』世界の中にこそあるものです。

 

精神世界に逃げ込んでも、
『悟り』はどこにもありません。


自分自身の現実と、
とことん向き合う覚悟のできた人のことを、

『覚者』と呼びます。

 

お釈迦さまは『瞑想』によって、
『悟り』の境地を知ったと言われていますが、
お釈迦さまは別に、悟るために『瞑想』したわけではないのです。


お釈迦さま自身の人生と向き合うため、、

自らの心の中の『恐れ』と向き合うために、
『瞑想』
という手段を使ったに過ぎないのです。

 

『瞑想』という状態によって、
脳内物質の分泌から創りだされる至福の精神状態だけを指して、
『悟り』としてしまったら、
それはドラッグによるトリップと変わりのないもの、
一時的なものに過ぎない『幻想』です。

 

本当の『悟り』とは、
人生において、
自分の中の最大のタブーが克服され、
それに『恐れ』を抱かなくなった状態です。

 

皆様がいま、

最も恐れるものは一体何でしょうか?

 

それを、
恐れない自分になった時、
それを『悟り』というのです。

 

『恐れ』がなくなれば、
そこには未知への好奇心が残ります。


それを追求しようと湧き上がる直感や衝動、それに従うのにも、
恐れを感じなくなります。

 

なんてことのない話です。


魔法もオカルトも、
過度に高尚なものもありません。

 

ただシンプルに、
これまで人として生きてきて、
これは何だろうか?


ということを考えてみればいいんです。

 

『幸せな人生』とは、
たいそうなものだと考えれば考えるほど、
それは遠ざかります。

 

それが
『分離』というものです。


シンプルに考えてみましょう。

 

皆様が今 、人生で最も恐れるもの。


その『恐れ』を克服できた時、
皆様の「本当の人生」はそこから始まります。

 

以上。

 


神鷹のコラムでした。
 

 

 

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