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鏡の法則(投影)の本質

11.10.2018

潜在意識や無意識というものを学んでいくと、
よく出てくるのが、
『なんで潜在意識って、顕在意識と反対のことを考えてしまうのか?』
とか、
『なんで潜在意識で考えてることは、自分では気づけないのか?』
という疑問だと思います。

 

これは、
メカニズム的に言えば、
潜在意識が『主 』、
顕在意識が『副 』
という成り立ちなので、
ある意味当たり前です。


潜在意識は『全体 』、
顕在意識は『部分 』。
部分は全体のことを知ることはできないわけです。

 

私達の自我は、
『部分 』の側から物事を『顕在化 』、
つまり、
観えるようにして考えることしかできないようになっています。


潜在意識と顕在意識、
その容量という意味でいえば、
大きな違いはありますが、
どちらの方が大事ということではなく、
どちらも大事なんです。

 

大切なのは、
それぞれの仕組み、
特徴をとらえて、
うまく調和させていくということです。

 

そして、
メカニズムは置いといて、
感覚的に理解しやすい秀逸な例えが、
『鏡の法則』です。

 

これは、
R A S ( R e t i c u l a r A c t i v a t i n g S y s t e m )、
人間の脳の中にある仕組み、
潜在意識の中、
存在感の大きなモノ(つまり重要な関心ごと)
にフォ ーカスを向けて、
その情報をクロ ーズアップして認識するという、
『信念 (観念 )のフィルタ ー 』
の働きによる法則です。

 

簡単にいえば、
自分が認識する『現実 』世界には、
自分の自覚できない無意識の領域にある情報が、
それこそ 『鏡 』を観るかのように投影されるということです 。

 

自我はどうやっても、
自我だけで自分自身を認識することはできません。


自我というものも、
もともと、
世界の中の自分以外のモノの情報を蓄積し、
それらとの関係性を解析して、
『自分 』というものを『概念 』として定義したプログラムなのです。

 

他者の存在、
世界の存在が無ければ、
どうやっても自分自身を定義することはできないのです。


これは自分の顔は、
どうやっても自分で観ることはできないという事と同じです。


自分の心を自分で観ることはできないのです。

 

ですが、
『鏡 』というもの、
ビデオや写真を使えば、
自分の顔を観ることができます。


ビデオや写真は『記憶 』。


そして『鏡 』とは 、
自分が認識する『現実 』です。


ビデオや写真に映った自分の顔は、
『加工 』することができます。


これが 『記憶』の改ざん。


リフレ ーミングによる、
『解釈 』『思い込み 』を変える。
という行為に当たります。

 

『鏡』は、
その鏡面の状態によって映りが変わります。


曇った鏡、
凹面鏡や凸面鏡を使えば、
自分の姿が歪んで映ります。


これは、
「メンタルブロック」があって、
R A Sのフォ ーカスに歪んだフィルターがかかっている状態です。


鏡面の状態を、
映りが良くなるように調整することが、
『自我を調える』ということに当たるわけです。

 

だから、
自分が気付けないということを気に病む必要は一切ないということです。


構造的に不可能なことを嘆いてもしょうがないというか、
『自分のことは自分には観えない』
というのは、
誰にとってもそうであって、
自分だけの個人的な問題ではないからです。

 

例えば、
『呼吸せずに生きることができないなんて 、自分はなんてダメなやつなんだ。 』
と嘆くようなものです。


同じように、
自分の性格や個性を卑下するのも、
自分自身の個人的な問題だととらえることからきている
『勘違い』に過ぎないのです。

 

自我というのは命令処理 ・情報処理を行うプログラム。


自我の習性(基本プログラム )は、
誰でも同じ生命の本能と同じで、
『苦痛からの回避 』
『快楽の追求』ということだけです。


自分がネガティブに卑下してしまう自分の欠点は、
『安心 ・安全欲求 』という、
生命なら必ずもっている、
『生存本能 』に従って反応しているだけのことなのです。


ネガティブに考えてしまうこと、
すぐに怒ってしまうこと、
他人に対して否定的、攻撃的になること、
行動する勇気をもてないこと、
優柔不断で決断できないこと、
これらのことはむしろ、
自分の自我というプログラムがその役割をしっかりと

果たしてくれている証拠でもあるのです。


プログラムが悪いわけではなく、
その土台となる情報(記憶の中の知識 )に「変化」が必要だということです。

 

それを『在り方 』を変える
といいます。

 

材料のない状態で何かを創ることは出来ません。


必要な材料(記憶 ・知識 )を用意すれば、
自我というプログラムが自動的に創ってくれます。


人間の自我というプログラムの性能に差はありません。

 

差がつくのは、
潜在意識にどんな記憶 ・知識が貯えられているのか
ということによるのです。


だからこそ 『学ぶ 』必要があるわけです。

 

そして、
自分の感知できない『潜在意識 』に、
どんな 『学び』が必要なのかを教えてくれるのが 、
『現実 』という鏡です。

 

他人や世界を観て自分が感じる事。


他人や世界を観て自我がどういう反応をするのか、
それをただ観察すればいいです。


ネガティブな反応を止めようとする必要はありません。


ネガティブな反応に気付けば、
そこで一つ、
自分の潜在意識、本当の心に在るものを

知ることが出来たということです。


その反応が心地悪いのなら、
じゃあどうすれば心地よくなるだろう?
と考えればいいんです。

 

『鏡』を観て 、
自分の髪型が気に入らなければ、
それを変えようと考えるはずです。


一度で思っているような髪形には

ならないかもしれません。


でも、
何度か試しているうちに自分がどういう髪型を求めているのかもわかってくるし、
そういう理想にもだんだんと近づいていけます。

 

それが、
『鏡の法則』や『投影』の本質
というモノです。

 

以上。

 


神鷹のコラムでした。

 

 

 

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