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自分に合わない靴は脱ごう!

06.08.2018

といってもリアルな靴の話しでは、
ありません。


心や生き方、
ライフワークについてのお話しです。

 

『靴を脱げ』という話です。


普段、
私が思っていたことを『靴』に例えます。

 

みんな自分に合わない靴を履いています。

 

それは、
親や周囲の大人にもらった靴です。

 

そこには、
親の願いが多く含まれてしまっています。

 

ですから、
大人になるにつれ自分の足に合わなくなってきます。

 

合わない靴を履いていたら、
全力で走れませんよね。

 

小さすぎて痛いかもしれない。

 

大きすぎてブカブカかもしれない。

 

山に登りたいのに、
ビーサンかもしれません。

 

でも、
その靴が自分に合っているのだと思ってしまっています。

 

これは、みんな誰かのために(多くは親のために)

生きているということです。

 

日本はとっても恵まれているので
靴が合わなくてもそのまま進んで行けてしまいます。

 

『いずれビーサンに合うフィールドに出会うかもしれない』と
期待しながら、
自動で動く歩道に乗って移り変わる景色を見ている感じです。

 

多くの方がそうですが、
なんとなく何をやればいいのか、
将来どうなりたいのかに
不安を感じながらも、
中学進学、高校受験、大学受験と

次々に勝手に表れる数枚の扉の中から
選択して進んで行けてしまいます。

 

立ち止まっていても、
フィールドの方がどんどん変わるので、
いずれ自分の履いている靴に合う場所が見つかるんじゃないかと、
錯覚してしまうわけです。

 

もっと貧しい国や、
大昔、
もう隣近所、
大人も子供もみんな畑を耕していて、
それしかフィールドが無い場合、
靴の違和感にもっと敏感に反応出来ます。

 

靴が合わないと進めないから、
立ち止まるしかありません。

 

ネイティブアメリカンには成人の儀式として
『ビジョンクエスト』
というものがありました。

何も持たずに山の中で自分のビジョンが

見つかるまで過ごす儀式です。

 

それを経験することで、
自分の役割や使命を見つけて戻ってくるわけです。

 

これは、
親がくれた靴を脱ぎ、
新たに自分に合う靴を作る儀式とも言えます。

 

今の時代は、
豊かになったがゆえに選択肢が無数に増えています。

 

それは、
たくさんのフィールドを行き来できるということです。

 

ですが、
合わない靴はやっぱりどこに行っても合わないんです。


どこに自分探しに行こうが、見つからないんです。

 

スピリチュアルが
『ありのままでの自分で』
とかいうのは、
『取りあえず、その履いている変な靴を脱いでみよう』
という感じ。

 

私がスピリチュアルで足りないと思うのは、
『脱いだだけだと、足が痛くて歩けないよ』
ということなんです。

 

『自分のあり方=ライフワーク』
とは、
自分に合う靴を作る作業です。

 

自分に合う靴と、
合うフィールドを設定すれば、
楽に全力で進めます。

 

競技場ならスパイクシューズを、

山登りなら、
登山靴。

 

海の中なら、
足ひれをつければいいわけです。

 

スピード感がまるで変わります。

 

あなたがもし、
足に違和感を感じているようでしたら、
あり方やライフワークに

視点を持ってみたらいかがでしょう。

 

以上。

 


神鷹のコラムでした。
 

 

 

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