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『死の恐れ』について

08.07.2018

『すべてがFになる』
という25年前に話題になった小説ですが、
約5年前、
ドラマ化され、
翌年、
アニメ化されました。

 

そのアニメが最終話となり、
気になったセリフがありました。

 

それは、

『死』についてです。

 

気になったセリフは、

『死を恐れている人はいない。
死に至る生を恐れている。
苦しまずに死ねるのなら、
誰も死を恐れたりはしないでしょ?!』
というもの。

 

死ってなんとなく怖いですね。

 

でも、
子供のころ程の恐怖感は

無くなった気もします。

 

それは、
やりたいことをやっていて、
少なからず人生に

満足感があるからなのか、
それとも世間の洗脳によって、
鈍感になっただけなのか。

 

このセリフは、
『苦しんで死ぬ』ということを、
人は本能的に分かっているから

死が怖いと感じるのだと解釈しました。

 

『死に至る生』を恐れているということは、
このままでは苦しむことが分かっているから、
死が怖いのだと。

 

脳科学の分野では、
死の瞬間、
いわゆる脳が死ぬ瞬間は、
ニューロンが同時に異常なほど

発火することが分かっています。

 

線香花火が、
一気にバチバチ光って、
シューっと消えてポテっと落ちるように、
脳全体が同時に発火します。

 

この時、
脳内で、
ものすごい時間を体験するそうです。

 

よく、
死の寸前で生還した人が、
『走馬灯を見た』とか、
『気持ちよいお花畑に行った』
みたいなことを言いますが、

本当に死に至る寸前の脳は、
記憶が全て呼び起こされ、
同時に様々なものを見るそうです。

 

現実では数秒間ですが、
当事者は人生をもう一度送るような体験を

しているんじゃないかという学者もいます。

 

死の瞬間の感覚は、
まさに死んだ人にしかわからないでしょうが、
最後の脳の同時発火の中、

後悔の中で過ごすのか、
自分が納得して過ごすことが出来るのか。

 

『後悔と苦しみに浸るんじゃないか・・』
ということを、
人は本能的に感じている。


それが、
『死に至る生を恐れる』

ということなのかと感じます。

 

哲学者ニーチェは『永劫回帰』

ということを言いました。

 

『この人生を未来永劫、
まったく同じことを繰り返すとしたら、
あなたは「とても嬉しい」と感じることが出来るか?』
という問いです。

 

死の瞬間、
それが起こるかもしれません。


全く同じこの人生を何度も

繰り返すかもしれないのです。

 

その時、
『あ~またこの人生を感じられるのか~嬉しい~』

と思える人生に、
私達はなかなか行きつけないから、
本能的に『死への恐れ』を

感じるのかもしれません。

 

どう生きるのか、
それがどう死ぬのかとも

大きく関わっています。

 

以上。

 


神鷹のコラムでした。
 

 

 

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