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あなたが望めば、何百年も生き続けることが出来る

02.07.2018

昨日は、
『蒼穹のファフナー』

というアニメを題材にして
人生について考えてみました。

 

その続きで
存在領域の拡大について、
お話ししていこうと思います。

 

存在とは、
他者が確認してくれるからこそ
成り立つものだということを、
昨日、書きました。

 

確認されている状態は
自分が存在しているということだとすると、

こんな可能性が

あるんじゃないかというお話しです。

 

人は確実に死にます。


致死率100%です。

 

よく漫画やドラマで
『あなたは、私の中で生き続けています。』

という表現がされます。

 

誰かが、
存在したことを覚えていてくれるのは
自分がまったくの『無』には帰らずに、

昨日の記事の題名通り、
無と存在の狭間で

生き続けることになります。

 

これはいわゆる『情報空間』です。

 

例えば、
古代ギリシャの哲学者アリストテレスは
多くの本を書きました。

 

その結果、
2000年以上経っても
とても多くの人に認知されています。

 

アリストテレスは、
まったくの『無』には

なっていないんです。

 

そして、
今の時代この情報空間が

圧倒的な広がりを見せています。

 

インターネットの普及ですね。

 

情報空間に多くの個人情報が

日々刻まれています。

 

マイナンバーも始まり、
家系図もデジタル表示することが

出来たりします。

 

そうなってくると、
例えば200年後の子孫が
『私の先祖って、どんな人だったんだろう』

なんて疑問を抱いた時に
簡単にその人物像を

検索できてしまいます。

 

夏休みの自由研究でやる

子供が出るかもしれません。

 

その時にたぶん辿れる最初の時代に、
私達は生きているとも言えます。

 

あなたは、
そんな100年、
1000年後の未来の子供達に
知ってもらえるかもしれない。


存在を知られてしまうかも

しれないんです。

 

もし積極的に残そうとしたら、
残せる時代です。

 

写真もデジタルになり劣化しない。


音声やビデオも残せる。

 

逆に残そうとしないと、
友達と騒いだアホな画像だけが

どこからか見つかって
『あ~こんな人だったのかw』

と言われかねません。

 

しっかりと、
『私はこんなことをやって生きたんだよ~』

と伝えられるだけの
生き方をしたいですね。

 

ライフワークを生きることの大切さが
また一つ増えました。

 

『死んだら無になるだけだ』
と思っていても、
もう、
もしかしたら死んでも全くの

『無』にはなれない
時代が到来しました。

 

これをどう受け止め、
どうこの人生を生きるのか。

 

どうせなら、
『私の先祖って、面白くて興味深い人だったんだ~』って
思ってもらいたいですね。

 

あなたはどう感じますか?

 

以上。

 


神鷹のコラムでした。

 

 

 

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