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思考の重要性

22.05.2018

よくスピリチュアルでは

思考を止めることが大切だという
ことを言われています。

 

思考が働きすぎていると、
本当の気持ちが

見えにくかったりするからですね。


私も個別セッション前には、
自我の働きを抑えたりします。

 

ハンナ・アーレントと言えば、

アイヒマン。

 

DVDの内容もまさに

そのアイヒマン裁判からの

出版論争を取り上げたものでした。

 

アイヒマンは、
ナチスのユダヤ人大量虐殺を担当した

部署のトップです。


ですから、

みな悪魔のような奴だと

予想していたわけです。

 

でも、アーレントが裁判で見たアイヒマンは
『役所で働くただのおっさん』だったのです。

 

『上の命令でやっただけです。逆らえない状況でした。』

この言葉を繰り返すだけの普通のおっさん。

 

『こんな普通のおっさんが、人類史上最悪の事件を起こしたのか?
なぜ、そんなことができたのか??』

ハンナ・アーレントが問題視したのはそこでした。

 

ここから『悪の凡庸さ』ということを導き出し、
それを出版しました。

 

それが、

アイヒマン擁護に捉えられ彼女の生涯は、
賛否両論の大きな渦にのまれるわけですが、

この『悪の凡庸さ』は、
今の時代でも普通に起こりうることです。

 

例えば、食品偽装問題。


発覚するのは、

内部告発がほとんどですが、
それがなければ分かりません。

 

従業員としては、
偽装しているのは分かっていても、
上からの命令なら逆らえない・・・


なんてこと多かれ少なかれ

あるのではないかと思います。


公的機関とかに商品を出していたら、
相手方も、自分個人のものじゃないので

『ま、いいか~』で
通ってしまうのが通例です。

 

それが続くと、

だんだん感覚がマヒしてきてしまいます。


『これぐらいならいいか~』が続き、
良い商品を届けるという意識が

いつの間にか薄らいでいく・・・

 

思考を停止させた人間は、
それが悪と分かっていても
遂行してしまう。

 

これを『悪の凡庸さ』

とアーレントは名付けた訳です。

 

人間は思考する生き物です。

 

思考するから夢を持てます。

 

美しさが分かります。

 

脳の発達が追い付かない、

情報が入っていない状態では

思考できません。

 

思考できるということは、

一人前の人間であるということだと
アレーントは言っていると感じました。

 

凡庸さは、
思考を止めることです。


考えないで、
機械の歯車になるということ。

 

それは人であることの

放棄になっていくのではないか・・


アーレントは、

思考する大切さを

ずっと訴え続けました。

 

では、

なぜスピリチュアル的には

思考を止めることをしようとするのか?

 

私は、
凡庸さが出ると利己に傾きやすい

傾向になると思っています。


しかもそれは、

短期的な視点でしか

物事が見れない状態です。

 

本来、

魂は利己と利他の両方が合わさって

喜びを感じます。

 

そして、
本来の思考もまた、
利己と利他の両方を兼ね備えた

ものだと思います。


そして時間軸を長期、

短期と行き来できることが出来ます。

 

思考をリセットすることは、

利己に傾いている思考を一度止めて、
ニュートラルに考える

土台を作ることにあります。

 

美醜を感じ、夢の方向性を見て、

深く思考するという
とてもいい状態を創り出せます。

 

以上。

 


神鷹のコラムでした。

 

 

 

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