© 2017. kamitaka BLOG all right reserved

28.04.2018

この根本的な話が分かると、
あまり周りの状況に翻弄されて、
右往左往することも無くなります。

 

仏教では、
魂を『真我』、
その周りを『自我』と呼んでいます。

 

自我は、
人間的な側面で欲などを思い浮かべてもらえれば、
分かりやすいです。

 

その自我を取って、
真我に至る道を修行としてやります。


ひたすら苦行をして、

欲を絶っていくことが悟りの道です。

 

ですが、
体がある(物質世界にいる)以上、
自我を取り去ることは出来ません。


少なくとも生命維持のための

根本的欲求は必ず生まれますから。

 

そして真我に至ったとしても、

それは『空』なんですね。


簡単に言えば、何もない。

 

では、魂はないのかと言うと、
私はあると言い切ります。

 

何があるのかと言うと、

魂にあるのは、『意識』です。

 

意識とは、
『意思=ベクトル(方向性)』+『気=エネルギー』

で出来ています。

 

集合無意識と心理学者のユングが

名付けた領域があります。


スピリチュアルではワンネスという言葉に

置き換えてもいいかもしれません。


『すべては一つ』という概念に通じます。

 

エネルギーとベクトルという視点で見ると、
大きな方向性に動くエネルギーが

無意識下では共有してあります。

 

そして、それは私たち個人の魂という領域、
集合無意識に対して個人無意識になりますが、

ここにもエネルギーとベクトルがあります。

 

魂は、エネルギーとベクトルです。


もっと簡単に言うと、
『ワクワクするかしないか』です。

 

ワクワクするということは、

方向性(ベクトル)が自分と合っています。


そうすると、

エネルギーがスムーズに供給されます。

 

魂の周りの自我が厚くなりすぎると、
このワクワクすることが

まるで分からなくなります。


今の世の中、

一時の快楽を求めるようなことは

日常において沢山あります。

 

『ちょっと小腹がすいたら、お菓子を食べる』


『ゲームやテレビで、現実逃避』


『異性に気に入られるために、流行りのもので身を固める』


『認められたいから、好きでもないことをやる』

 

人は自我を捨てきることは出来ませんが、
自我だけを優先して生きると、
魂の方向性(ベクトル)とはズレて、

エネルギーがうまく供給されず、
身も心も疲れてきます。

 

ですから、

真我に目を向ける修行が必要なんですが、

今の時代は別にお坊さんがやるような

苦行は必要ないと私は思います。

 

苦行が必要な時代は、

身分制度もあったりして、
現実的な自由度が厳しいから、

心の解放を得ようとしたのであって、

今は、現実的に自由に生きられますからね。

 

僕は、人生の真の目標達成、

そしてそのための生き方、

また現世利益をテーマにしているので、
この話を人生の真の目標達成に置き換えますと、


人生の真の目標達成とは

『自分の本当のあり方で生きる』

ということでもありますが、

それは、魂の方向性を

自覚するという意味です。

 

人生の真の目標達成を探求していく道こそ、
私は現代の悟りに至る修行だと思っています。


皆様の魂はどこに意識が向いているのでしょう?

 

人生の真の目標達成に目を向けてみてください。

 

現代の仏の道が始まりますから。

 

以上。

 


神鷹のコラムでした。

 

 

 

Share on Facebook
Share on Twitter
Please reload