© 2017. kamitaka BLOG all right reserved

集合的無意識

08.04.2018

ユングは、
個人を超えたレベルの深い部分で
みんな繋がっているということを
『集合的無意識』と言いました。

 

私は、それを情報空間として捉えています。

 

例えば、日本特有の文化を例にしますと、

食事の時の『いただきます。』


という言葉があります。

 

この『いただきます。』
はいったい誰に向けていっているのか?

 

ご飯を作ったお母さんへ?


食材を作った農家さんへ?


食材となった動植物へ?

 

感覚としては限定されていません。

 

これらを含むすべてに、
『いただきます』
と言っている感じがしませんか?

 

これは、日本特有の感覚です。

 

これをキリスト教の

アメリカ人に言っても通じません。

 

『いやいや、神様にお礼を言うんだよ』


ってことになります。

 

これは、一神教と

多神教との違いです。

 

全てに神がいるような感覚で

とらえるのが多神教で、
その全てを一つとして捉えるのが

一神教という違いだと感じます。

 

で、共通するのは、
その何か目に見えないものがあって、
そこには畏敬の念があるということです。

 

それが「神様」になるわけですが、

少し話を戻すと、
集合的無意識

という情報空間があって、
そこには誰もが繋がっているという感覚が
無意識にはあるんですね。

 

その情報空間にも、
ある程度の階層(抽象度)

が存在していて、

日本特有の文化で、
日本語で解釈できる範囲で
みんなと共有されているものから、

全人類として共有されているものまで
様々であると思います。

 

それを、

この世で表現しているものが

「神話」です。

 

神話には、
どこでも共通してあるような
「ヒーロー物語」のようなものから、

日本の「古事記」にしか

見られないものまで様々です。

 

以上。

 


神鷹のコラムでした。

 

 

 

Share on Facebook
Share on Twitter
Please reload